2016.09.30

【インタビュー/ピカ子/2】揺るがないモード熱:表現美の先へ

洒落は飾る必要のないセンスに宿る │ GOTTA GIVE IT YOUR ALL


前回、ご自身のカーライフを中心に話してくれた、メイクアップアーティストのピカ子さん。



後編となる今回は、ブラッド・ピットやアリシア・キーズのメイクアップ経験を持つなど、世界のファッション業界の第一線で活動してきたピカ子さんの、アーティストとしての人生と仕事観にスポットライトを当てる。


ピカ子

■ピカ子
メイクアップアーティスト

<プロフィール>
1971年9月21日生。1990年大学在学中にファッションモデルにスカウトされ、その後、雑誌やCMなど多方面で活動。その後1997年にメイクアップアーティストへ転身。アシスタント期間を経て1999年に独立後、日本を拠点にファッション誌、コレクションに携わり、モードファッションへの傾倒から、ミラノへと移り、パリやニューヨークでも活躍。豊富なメイクアップ経験で培ったものを具現化すべく、自身のオリジナルブランドを立ち上げる。


ほとばしるファッション然 │ THE ORIGIN OF A FASHONISTA



ピカ子さんは北海道札幌市出身で、父親の仕事の関係で、幼少時代をブラジルのサンパウロやニューヨークで過ごし、帰国後は大学進学を機に上京。

それから大学時代にスカウトされモデルとなったわけだが、当初からモデルになりたいと思っていた?




ピカ子

いや、まさかまさか。全然。超ガリ勉でしたから。洋雑誌とかは好きで読んでましたけど、ファッション業界なんて単なる憧れで、まさか自分に縁がある場所だとは思ってもみませんでした。でも、本当にたまたまモデルという立場で、ちょっとだけその世界に首を突っ込ませてもらったら、ここで生きていきたいと確信した。それでもう、大学も辞めました。






モデルからメイクアップアーティストへの転身のきっかけは?


ピカ子

モデルとして5年くらいは売れてたんですけど、その後急に売れなくなっちゃって。どうしようかと思って、ファッション業界で働きたいっていうのは確実にあったから、カメラマンか、スタイリストか、ヘアーか、メイクだと思ってた。で、あぁ、なんかメイクがいいって思ったんですね。というのも、女性の美っていうのは、ニーズ的に一生絶えることがないものなので、どうせ一生をかけて向き合うのであれば、本質的ニーズがある方がいいと考えてメイクに。





それから2年間のアシスタント生活を経て、28歳でメイクアップアーティストとしてデビューすることに。


ピカ子

正直自信はなかったけど、運が良くて、気付いたらテレビ局の現場でタレントさんのメイクの仕事で埋まってた。ところが、もともとモードに従事したかったわけ。モードファッションがやりたかった。だから、日本には帰ってこないつもりでミラノにモードをやりにいこうと。それがちょうど30歳の時かな。人生一度きりじゃないですか。






文字通りのチャレンジだ。
ミラノに行って、まず何を?



ピカ子

英語は話せたので、最初はあらゆるモデル事務所を回って、新人モデルのコンポジット(宣材写真)を作るところをやらせてくれないか?と。自分のブック(アーカイヴ作品集)を見てもらって、こういうメイクが出来るのでどうですか?といった感じで売り込みですね。それで、あるエージェンシーから声をかけてもらって、そこで駆け出しのカメラマンと、駆け出しのモデルと、私でチームを作ったんです。そこから、現地で仕事をちょくちょく貰えるようになって、やがては個人でエージェントを見つけて所属しました。





その後、パリやニューヨークにも赴くようになり、ハリウッドスターのブラッド・ピットや世界的歌姫アリシア・キーズのメイクも担当した。


ピカ子

そう。ニューヨークに出稼ぎに行ってる時に、たまたまメイクさせていただく機会に恵まれたんです。英語を喋れたというのも大きかった。実際の現場は緊張というより、畏れ多いって感じがありましたね。私でいいのか?と。そもそも当時なんて彼らにとっては、アジア人がメイクっていう状況がほとんどないわけだから、そういう意味では挑戦だったと言えるかもしれない。






ちなみに、英語は小さい頃からできた?


ピカ子

ニューヨークの小学校に通ってた時にかなり勉強しましたね。そこの2年で大きく英語力は付きました。あとやっぱり、将来いずれ英語が必ず身を助けることになるだろうと思ってたので、日本に帰ってからも心して勉強しましたよ。






やり続ければ都は築かれる │ KEEP GOING




ミラノに渡って3年が過ぎた頃、実績もそれなりに積み上がっていく中、33歳で帰国したのはなぜ?



ピカ子

ミラノから帰ってきた主な理由は、鼻毛の出た65歳のおじいちゃんです(笑)。ある時ミラノの現場で、はじめはこの人なんだ??といぶかしげに見てたら、めちゃくちゃ洒落たメイクを施すわけ。あぁ、私ここまでやれる自信ないわ、できない、この人に勝てないと思って。それで、日本に帰ってきたんです。






ミラノから帰国した直後は、仕事もなく一時貧乏生活に陥ったが、奮起して作り上げたオリジナル化粧品がテレビ通販でヒット。

その成功の裏で、ピカ子さんはターニングポイントを迎える。



ピカ子

通販が波に乗って、認知度も上がって、それに伴ってメイクの仕事も増えてきて、だいぶ良い調子になった。そこで、言ってしまえば、お金を取るか職人道を取るか、そういう選択をしなければいけないと思ったわけ。






なるほど。どちらを選んだ?


ピカ子

職人として生きていくことに決めましたね。お金はこういう風にやったら入ってくるっていうのも、ある程度分かったし、お金が入ってきても実際のところ上手に使えなかった。世の中、お金儲けが上手い人はたくさんいるけど、私はメイクにこそ自信がある。それは他の人に真似できない。だから、職人として慎ましく生きていかないといけないと。何よりその方が人生が有意義だと。当時、六本木でバーを経営したり、表参道で美容室をやってたりしたけど、全部手放しました。





つまり、アーティストとして生きていく道を選んだ。


ピカ子

そうですね、40歳に差し掛かって人生折り返しだなと。何度も言いますけど、本当に人生は一度きりですからね。仮に人生を修正するのであれば、いくらメイクしかやってこなかったと言っても、その他にもやろうと思えば、農業でも何でもあるじゃないですか(笑)。そのまま、ビジネスの方に本腰入れて取り組んでもよかったわけだし。でも、“ちょっと待てよ、私はミラノであのおじいちゃんに負けたと思って帰ってきたけど、やっぱり負けてないんじゃないか、今ならイケる。”って、ふと思ったんです。当時はまだ30代前半で若かったこともあって、自分の腕を信じきれていなかった。





ピカ子




真っすぐで力強い言葉が響く。



ピカ子

もちろん多少の自信はあったんだけど、もしこの場で他のアーティストがメイクしたら、もっとキレイになったんじゃないかとか、心のどこかで思ってましたから。でも、今はもうちゃんと自信がついたので、作った成功例はどんどん捨てながら、失敗してもいいから、常に自分の感覚をとにかくアップデートし続けることができると思った。そうしていかないと満足できないと。





テレビなどで見せる超セレブな印象のピカ子さんは、そこにいない。


ピカ子

いや、別にセレブでもないですし、贅沢な生活を一時的にしてはいましたけど、あれも自分に必要ないものだと思って、もう家も売却して、仕事で海外行くことも多いので、今は羽田の近くに普通の75平米のワンルームに住んでます。だから、割と慎ましく生きてますよ(笑)。それに贅沢な生活をしてると、安心してしまうんですよね。守りに入って動かなくなってしまう。自分の感覚を捨てては、またエスタブリッシュしていくっていう作業サイクルがものすごい遅くなるんです。だから普通でいいわけ。そういうのは見せびらかすものじゃない。オシャレでカッコよくいたいと願う男性陣や女性陣は、今はこういう時代ですよってことですね。例えば、シャネル持って、ルブタン履いて歩いたところで、そこ自体に美しさなんてない。




実に芯を食っている。
長らくファッション業界、美の領域の最前線で活動してきた人間の発する格言は、かくも説得力に満ちている。

様々な挑戦の過程で、試練もあったはずだが、どう乗り越えてきた?



ピカ子

いや……試練だと感じたことないですね。逆にありますか?その時に、これ試練だわーっ、シンドイわーって思いませんよね(笑)。やるしかないって感じです。なんか偉そうな話になっちゃいますけど、やりたいことがあって、今は厳しいし来年からやろうとかって言う人がいるけど、わざわざ時期を決めるっていうのはもったいないと思いますよ。やるなら、すぐやらないと。だから、時には準備が足りないことも当たり前ですよ。私は失敗も結構しましたし。でもやっぱり最終的に続けていれば、続けさえすれば、なんとか形になるものだと思ってます。続ければ上手くなりますから、何事も。上手くなれば、スキルと経験があれば、それを求めて世の中が助けてくれるのかなと。



A JOURNEY TO BRAND NEW SENSE



その人は、華やかなライフスタイルを謳歌するセレブリティ、ファッション畑で華麗なメイクを施す業界人という、ある種上辺をなぞっただけの空気感とは程遠い次元で、地に足をつけていた。



強く鋭い言葉と堂々たる佇まいを支えるのは、極めてストイックで実直な、職人としてのビジョンとクリエイションだ。

ピカ子




◇text:井本智恵子
◇photograph:関根虎洸




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