2017.02.13

黒船ガール×路線バス:CITYSCAPE vol.3 (4/4)




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15:00 │ 市ヶ谷駅前/西日射す釣り堀で

バスストップ


/ICHIGAYA-EKIMAE




バス停「市ヶ谷駅前」まで来ると、人通りも増えて、ぐんと賑やかになる。

そんな都会の真ん中に、ずっと行ってみたかったエアポケットがあった。



もしもそれが美しい人と一緒なら、と幾度となく妄想したものだが、まさにこれから現実になろうとしているなんて。


アリョーナ




「釣り堀って行ったことある?」

―――ないですね。

「興味はある?」

―――釣った魚は死んじゃうんですか?

「生きたまま返せるよ」

―――じゃあやってみます!


アリョーナ




常連らしき老人、スーツ姿のサラリーマン、制服を着た男子高校生、どういう関係なのかイマイチよく分からないカップル。
思い思いに糸を垂らしている人たちが西日に照らされる姿から、心象風景が滲んでくる。


見上げれば、JR市ヶ谷駅のホームに立つ人たち。
これからどこへ向かうのか、穏やかなのか気忙しいのか、そんなことを思いながら普段とは角度の異なる優越感に浸る。


アンニュイな表情で釣り竿を操るアリョーナも、予想以上に空間に溶け込んでいる。






「アリョーナと話して、自分はロシアのことを何も知らないんだって改めて感じたよ。食べ物で思いつくのも、ボルシチとピロシキくらいだし」

―――日本人が知ってるようなロシアの伝統料理の多くは、日常的にはあまり食べないですね。ボルシチは、まあそれなりに食べるけど。

「ビーフストロガノフは?」

―――作る家もあるけど、私の母は作らないですね。

「じゃあ、“乾杯”とか“Cheers”とか、お酒を飲む時の決まり文句とかあるの?」

―――決まり文句というよりは、何のために乾杯するかは言いますね。


釣り堀




「例えば?」

―――よく聞くのは“健康のために乾杯”なんですけど、お酒を飲むのに健康のためにって変ですよね。いつも不思議に思います。

「それロシア流のジョークなのかな。ほどほどに飲めば身体にいいこともあるかもしれないしね。ただロシアの場合、なかなかそうはいかないだろうけど」

―――いや、私の印象ではロシア人より日本人の方がよく飲むし、酔っ払ってますよ。

「マジで!?」




いやいや、ロシア人の方が絶対飲むと思うけど。

ウォッカのショットとかグイッのイメージあるけど。



みたいなことを口に出すと、また理路整然と反撃されそうなので、ここは追及しないことにしよう。


アリョーナ



16:20 │ 九段下/日本武道の聖地

バスストップ


/KUDAN-SHITA



市ヶ谷駅前からバスに乗り、やがて終点「九段下」。


アリョーナ




「日本武道館は来たことある?」

―――はい、東大の入学式がここでありましたから。

「そっか。武道館は、柔道がオリンピック競技として初めて実施された1964年の東京オリンピックの時に建てられたんだよ」




武道館の屋根の曲線は富士山のラインをイメージしており、てっぺんの玉ねぎ型の擬宝珠には魔除けの意味合いがあるという。

この日は何やらイベントが催されるようで、騒々しい武道館周辺を避け、北の丸公園へ。




「アリョーナはなんで政治学科に入ろうと思ったの?それもたまたま?」

―――いえ。ロシアの大学で言語学を専攻してたんですが、政治関係の通訳になりたくて政治学科を選びました。言語だけ学んでも通訳にはなれないので。

「専門分野を持たないとダメってこと?」

―――そうですね。それに、政治そのものにも興味あったから、もっと勉強したい気持ちもありましたしね。あと東大の政治学科は法学部の中の一学科なので、法律の勉強もしなければいけないんですよね。最初は大変そうだと思ったけど意外と楽しくて。人ってこんな事で訴えるんだとか、世の中にはこんなルールが存在するんだとか、いつか役に立つかもしれないことを幅広く学べるのはいいなって。


アリョーナ

武道館へは、やはり田安門から入りたい



「じゃあ卒業後は通訳者になりたいんだ」

―――実を言うと、その考えもちょっと変わってきてる。とりあえず今は、ある程度知られてる人になりたいですね。

「知られてるって、どういう?」

―――タレントとか。卒業したら東大生じゃなくなるので、できれば在学中に有名になれたらなって。

「たしかに現役東大生っていう肩書きはインパクトあるからね」

―――そういうことです。で、最終的な目標は起業。自分で会社を作りたいと思ってます。働くのは好きですけど、他の人の指示に従うのは好きじゃないから。

「会社に所属して、いろいろ縛られて働くのは厳しいってことだよね」


アリョーナ



―――前にとある事務所でアルバイトをしたことがあるんですけど、なんか合わなくて、すぐ辞めちゃいました。何をビジネスにするかは今考えてるところだけど、せっかくロシアから日本に来たのだから、両方の国に関われるようなことをしたいと思ってます。まあ、どちらか片方でやるのが楽なんでしょうけど、せっかく勉強したことを無駄にしたくないし。

「立派な考えだね」

―――でも一番なりたいのは、やっぱり主婦かな。

「また唐突だね(笑)。なんで?」

―――だって女性がたったひとりで、何の後ろ盾もなく外国で暮らすのって、ものすごく大変なことなんですよ!

「そ、そうだよね」


武道館




どこまでも合理的でマイペースで、物言いのハッキリしている、美しい現役東大生なのだった。





 17:20
 北の丸公園にて




◇写真:鈴木清美
◇構成:石井ミノル







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