2017.03.31

寿し 光盛 <SUSHI MITSUMORI>

極めて華やいでいる寿司屋があると聞き、美食家の俺は、喜び勇んで赴いた。









寿し 光盛




大将





へいらっしゃい!



俺





あの、18時で予約した、アダ、、、



大将





っはいはい!
お待ちしておりましたよ。
どうぞ。




俺





(めっちゃ食い気味やな…)
ありがとうございます。



大将





真ん中の3番席におかけください。



俺





ありがとうございます。

一見なんですが、今日はよろしくお願いします。




大将





いえいえ。
やぶさかではございません。

そんな気張っていただかなくて結構ですから、ゆっくり気楽に堪能していってくださいよ。
うちは雰囲気イケメン的なもんは大事にしておりまして、空間演出に手を抜いてないだけですから。




俺





(何言ってるか、ニュアンスしか分からんな…)
そうですか。

じゃあ、えっと。
お任せでお願いしてもいいですか。




大将





あいよ!





寿し 光盛




俺





ここのお店、いつからやってはるんですか?



大将





う~ん。
まだ始まってもないんじゃないかなぁ。

そうだねぇ。
厳密に言うと、そうなるねぇ。




俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





はい、まずはタマゴね。



俺





ありがとうございます。



大将





でも、お兄さんアレかい?
IT系で一山当てたタイプの、偉い職業の人かい?

お若いのにひとりで寿司なんて、粋じゃねえか。




俺





いや。

あの、すいません。




大将





あいよ。



俺





タマゴ3貫あるんですけど。





寿し 光盛




大将





それがどうかしたかい?



俺





え?
いや、タマゴ3貫ですか?




大将





そうだよ。



俺





いや、1貫でいいんですけどね。
他のネタも食べたいんで。
同じネタ3つもいらないですよ。




大将





知らないなぁ。



俺





知らん??
知らんってどういう感じですか?




大将





うち、3のくくりしか知らないんだよね。



俺





3のくくり??



大将





来る店、合ってるかい?



俺





『光盛(みつもり)』ですよね?
大将の苗字か何かやと思ったんですけど。




大将





それは良いか悪いかは別にして、多かれ少なかれ違ってきてるね。

食い違ってきてる。




俺





食い違ってきてる??



大将





まあ、タマゴから入ったのも若干あるかな。

タマゴの色がそうさせるというかね。
RGB的な光源の問題もあるかもしれないね。




俺





RGB的な光源??



大将





はい、エビね。

これもね、相当オススメなんだよ。






寿し 光盛




俺





・・・・・



大将





今日ね、そりゃもう輝かしくて気高い海老が入ってね。
北海道の知り合いの漁師が、、、




俺





いや、ちゃう。
ちゃうな。
ええのは分かってんねん。
十分伝わるし、モロに入ってきとるから。

さりとて、エビも1尾でええねん。
3尾もいらんねん。




大将





なんで?



俺





いや、なんで?ちゃうがな。



大将





じゃあ、なんだ?
ヨツモリとかゴツモリがいいのかい?

それは、さすがにねぇ。




俺





1や。
ひとモリや。
いや、モリってなんじゃ。

ちゃうやん。
普通1貫でしょ、寿司は。
回ってない寿司は。




大将





誰が決めたの、それ。



俺





え?



大将





だから、回ってない寿司は各種1貫しか出さないって、どこでいつ誰が決めたんだって。



俺





いや、そんなん知らんがな。
空気感というか、慣習というか、採算もあるでしょ。
素材も高級で、1回で2貫出すのはいろいろ見合わへんやろし、いわんや3貫って。

ていうか今、客も俺だけですよね?
カウンター俺だけですやん。
3人おらんよね?
大将が見えてるんやったら、それは知らんけど、物理的にはおらんわけ。

ほんで同じネタ3貫ずついってたら、すぐお腹一杯なるでしょ?
職人さんなら、いろんなネタ満遍なく食べてほしいって思わないんですか?




大将





あのね、お兄さんさ。

何でも論理的に説明できると思ったら大間違いなんだよ。
このご時世、常識に侵されてたら、それは幸が薄いよ?
だから実際、いたるところで幸の薄い感じになってしまってるじゃないか、残念なことにさ。

ましてや、お兄さんはそんだけ香ばしい風貌してるんだから、非論理的なものを受け入れて、自ら落とし込んだらどうなんだい?

寛容性だよ。
大切なのは、寛容性。




俺





か、寛容性??



大将





食べ時、逃しちゃってるよ。



俺





あー食べます食べます。




大将





ダブルでアレルギー持ちかい?



俺





食べる、言うとるやろが。





寿し 光盛




大将





どうだい?



俺





まあ、美味いですよ。



大将





そうだろ?
うち、光盛だからさ。




俺





何がやねん。



大将





次、ヒラメおまち。



俺





あーへいへい!
オッサン!




大将





オ、オッサン!?



俺





いや、あの。

シャリの上にヒラメが3枚載ってますわ。
平積みでヒラメが3枚。




大将





光盛だからね。



俺





いやいや、そんなんやりだしたら、なんぼでもいけますやんか。
どこまでだっていけまっせ。




大将





あるね。
様々なトーンがあるんだよ、光盛にも。




俺





いや、なあ、シャリ3つの上にネタ1つとか絶対やめてや。



大将





それはないね。



俺





なんでやねん。
あり得るやろ、全然。
光盛の必要条件は満たしてるやろ。




大将





ダサいからね。
本源的に美しくないものは決して出さないんだ、うちは。




俺





え?



大将





ダサいって、ともすれば、この世で最も忌避すべきものだと思わないかい?

小面憎いっていうかさ。




俺





・・・・・





寿し 光盛




大将





そろそろ何か飲むかい?



俺





・・・・・



大将





呑むだろ?



俺





え?



大将





お酒。



俺





あぁ、そうすね。

じゃあ、九平次もらえます?




大将





あいよ。



俺





あ、ほんで、おちょこは3ついりませんよ。



大将





至極当たり前じゃないか。
いったい何を言ってるんだ。




俺





え、何が?



大将





世の中、不確実性の塊だろ?
セオリーなんてあってないようなもんなんだよ。
有り体に言って、すべて結果論だ。

ひとしきり3のくくりが続いてるからって、おちょこ3つ出してくる寿司屋がどこにある。
そこまで浅くないよ、うちは。

それからね、物事の因果なんて基本的に後付けだって思わなきゃ。
未来なんて誰にも見えないんだから。

それとも何だ。
この世界は誰かが狙った通りに、理屈通りに運んでいるとでも言うのかい?




俺





・・・・・



大将





いいかい?
例えばだ。

握りのメニューがあって、そこに“アワビ”と書いてあったとするね?




俺





・・・・・



大将





それを見て、どうだ?



俺





どうって、その店がアワビを出してることは分かりますね。



大将





価値は?



俺





か、価値?



大将





その“アワビ”という文字だけを読んでも、アワビが何かは分からないだろ。
どういう艶があって、どういう風味で、どういう食感なのか、何も掴めないじゃないか。




俺





・・・・・



大将





じゃあそこに、アワビの写真も付いてたら、どうだ?



俺





アワビがどういうものか、見た目が分かります。



大将





じゃあ価値は?



俺





か、価値?



大将





アワビがアワビたる確証はどうするんだ。
何が、どんな風にして、その物質にドルや円のような信用を付与するんだ。
どのようにアワビという共通観念に昇華させるんだ。

要するに、アワビをこれまで見たことも聞いたこともない人がだな、その写真にうつっているのがアワビだと言われたら、アワビだと認識することになる。

でも、アワビの写真の横に“ウニ”と書いてあったら、どうなる。




俺





そりゃ、間違えますよね。
アワビが“ウニ”っていう名前やと認識してしまいますね。




大将






詰め甘い。
この場合、見積もり甘い。




俺





こ、この場合、み、見積もり甘い??



大将





じゃあ、その“アワビ”っていう名前は誰が決めたんだ。
“アワビ”ってなんだ。




俺





・・・・・



大将





もう、論理を超えるんだ。
ちゃんと論理を超えていくんだよ。




俺





・・・・・



大将





さらにデジタルサイネージのディスプレイがあって、アワビの動画が流れてたら、どうだ?



俺





ア、アワビの動画??

むっちゃ気色の悪い店やな。




大将





どうなんだ。



俺





いやまあ、どういう動きをしてるか、よりアワビがどういうものかをイメージできるんちゃいますか。



大将





価値は?


俺





か、価値??



大将





その動いている映像が、アワビじゃなくて、実はハマグリだったら?



俺





いや、粒だてすぎやて。
粒度がおっかないから、もうハッキリ言ってくれ。




大将





つまり、体感によってしか生まれ得ない価値こそが、人類が唯一享受すべきものであって、それこそが社会や脈々と受け継がれてきた文化を強く規定しているということだよ。

このところ、ITやらそれに付随する技術の進歩によって、世の中の情報は一瞬にして拡散され、共有されるようになって、もはや市場が均衡する前に、真偽うんぬんの判断の前に、人々の頭にインプットされるようになった。
だからこそ功罪的に、社会全体が何でもかんでも知った気になってしまっている。
大半はリアルに体験したこともないのに、知ったつもりで生きてしまう。
そうすると、ますます競争力のないものが世に蔓延り、それらに囲まれて生活する場面が激増し、すべて論理的に理解できると勘違いしてしまうようになる。
ひいては、豊かさがどんどん無くなっていってしまう。

“アワビ”という文字情報を論理的に把握しても、はたまた写真で見ても、動画で観ても、本質的な意味はない。
アワビを実際に食べてみて、体感して初めて意味が出てくるんだ。
要は、実質的に味わうことで得られるもの以外は、どんどん無価値化している時代なんだよ。

そして、人類をこの先前へと進めるうえでは、非論理的な力がますます大きくなる。

言葉に表せないけれども、なんか気持ちいい。
よく分からないけれども、好き。
理由なんて見当たらないけれども、美しい。
そんなところに本当の価値がある。

寿司ってもんはな、そんなことさえ教えてくれるんだ。




俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





なあ。

論理的に説明できることに意味はないとか言いながら、めちゃくちゃ論理的に説明しとるやんけ。




大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





何の話だっけ。



俺





え?



大将





見積もり?



俺





は?



大将





そうだ、見積もりっていうのもな、言葉尻だけ捉えて分かった気になってるんじゃなくて、実際に見積もってみないとダメなんだよ。

あと、それから今日ね、アナゴもいいのが入ってる。
せっかくだし、どれくらいか見積もってみるかい?




俺





何を?



大将





何が?



俺





は?



大将





え?



俺





いやいや、アナゴの何を見積もるん?



大将





アナゴをだよ。



俺





なんやねん。



大将





え?



俺





いやだから、アナゴの何を見積もるんじゃ。



大将





アナゴの何、じゃないよ。
もはや、この掛け合いが論理的に説明できることが無意味だというのを証明してしまっているんだよ。
新手の飯テロじゃないんだから。




俺





おい、やかましい。
アナゴみたいな顔しやがって。

アナゴの値段か?




大将





近からず。



俺





産地?



大将





遠からず。



俺





体長?



大将





うし。



俺





は?



大将





はい、アナゴね。





寿し 光盛




大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





どうだ、素晴らしい価値が発露してるだろ?
身に、ちっちゃくて繊細な骨が3本だけ入ってるのが、かなり神秘的だろ。




俺





骨??

何それ、わざと入れたん?
まったく感じひんかったけど。




大将





それがミツモリ・クオリティだ。
実際に食べてみても、いまいち感じることはできない、けれども幸福感がたしかにある。
まあ、普通の体感を超えた、超体感型バリューといったところだよ。

言わば、サイエンスとアートは常に共存していて、一見ガチゴチのサイエンスによって解釈の余地がないように思えるものが、新しいアートによって既成の価値観が変わってしまう、みたいなことなんだ。




俺





・・・・・



大将





お兄さんもファッションには一日の長がありそうだから、知ってるかもしれないが、ルイ・ヴィトンなどのラグジュアリーブランドがあるね?

今や日本人の多くが、その価値を何も体現することなく一辺倒にアイテムを所持しているし、似合っている人を探す方が難しい、なんてことになってしまっているね。




俺





いや、だいぶ言うてるやん。
割とその通りやけど、くさしすぎや。
それだけブランド力があるってことで、おさめとこ、ここは。




大将





それでだな、彼らは50年ほど前までは、プレタポルテ、つまり誰もが世界中の店舗で買えるような既製服は一切やってなかった。
ごく限られた店舗でのオーダーメイド形式のオートクチュールしか扱ってなかったんだ。

じゃあ、どのタイミングでプレタポルテが広く流通するようになったのか。




俺





たしか、1960年代くらいやった気がするな。



大将





そうだ。
よく知ってるじゃねえか、小生意気にシャレこましやがって。




俺





え?



大将





そして、そこにポップアートで有名なアンディ・ウォーホルが関係している。

彼は1960年代以降、キャンベルのスープ缶やドル紙幣、マリリン・モンローなどのスターをモチーフにしたシルクスクリーン作品を次々と発表したんだが、それらは当時アメリカを中心に繁栄した大衆文化や資本主義を象徴したものだった。
その後ウォーホルのアートが世界中に広まったことで、どうなったか分かるか。




俺





まあ良くも悪くも、大量に生産されて大量に消費されるモノやエンターテインメントがカッコいい、それが世界の標準だ、みたいな新しい価値観が幅を利かせるようになったんやろ。



大将





そうだ。
教養があるじゃねえか、小生意気にシャレこましやがって。




俺





え?



大将





ヨーロッパのラグシュアリーブランドが、特定一品のオートクチュールではなく、複数製造のプレタポルテを取り扱うようになったのも、時を同じくしている。
もちろん他の要因も絡んでいるだろうが、大量生産されたモノも美しい、皆が持っているモノの方がカッコいいという美意識の醸成が、ファッション業界を大きく変えたのは事実だ。

要するに、アートによって世界の価値観が変わった。
たったひとりのアーティストの作品が人々の考えを強烈に揺さぶり、やがて行動までをも完全に変えてしまった。
善悪はまた別問題だが、サイエンスはもとよりアートが時代のスタンダードを創造し得ることを歴史が証明しているんだ。

ビッグビジネスで成功した人間や、大なり小なりイノベーションを起こすような人間に、アート好きが多いっていうのも決して偶然ではないんだよ。

うちのお客さんにもね、現代アートに造詣が深い人がいてね。
もう目が違うよ。

だからお兄さんも、自らのアート的な部分に磨きをかけていけば、この先さらなる飛躍が待っているから、ブレずに、曲げずに、シンプルなディシプリンを妄信し、とことん突き進めばいい。




俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





なあ、最後の“シンプルなディシプリン”がちょっと強いんちゃう。
そこの語気がエグすぎて、せっかくええこと言うてんのに、かすんでもうてるやん。




大将





はい、ここで中トロ。
これも最高だよ。




俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





シャリは?



大将





ん?



俺





もうこれ刺身やんけ。



大将





あるよ。



俺





ないって。



大将





あるって。



俺





ないねん。



大将





光盛だからね、うちは。



俺





うわ、米3粒がネタの下にくっついとるやん。





寿し 光盛





大将





どうだい。



俺





はいはい、ウマいウマい。



大将





なぜだか分かるか?



俺





なぜ??
中トロはウマいねん。

なぜだか分かるか?ちゃうんじゃ。
アホか。




大将





ほら、真理が顔を出したね。
結局のところ、誤魔化してないからだよ。

本物にはインセンティブをゴチャゴチャ付ける必要なんてないんだ。
イノベーションがしっかりしていれば、マーケティングは手を差し伸べるくらいが丁度いいってことだな。
純朴にペネトレイトしていくんだから。




俺





ほんなら、米3粒も別にいらんやろが。
アホンダラ。




大将





だから光盛だって、うちは。



俺





いやだから、それはずっとできるやんけ。
半永久的にできんねん。

そもそも、さしてオモロないからな、そのギミック。
なんか自信満々にやっとるけど。




大将





そりゃ、こちらは普通に寿司を提供し、そちらは普通に寿司を嗜んでいるんだ。

こんなにも汚れのないイノセントな構図で、特にオモロイことなんてあるわけがないだろ。
美食の場に、邪念は禁物だよ。




俺





いやいや、アホとちゃうか。
なんやオマエ、それ。

めちゃくちゃ嘘やな。
すさまじい嘘つくやんけ、ここに来て。




大将





・・・・・



俺





ていうか、出鼻からず~っと息を吐くようにフザけとるやないか。

なんや、オマエは。




大将





・・・・・



俺





おい。
聞いてんのか?




大将





・・・・・



俺





言っとくけどな、ここまで俺の張りのある反応と返しがなかったら、確実にドエライことになってんぞ。

もうバコバコにスベり倒して負傷して、今頃は寿司もまともに握られへん状態になってるはずやからな。




大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





さて、かんぴょう巻き、いこうか。





寿し 光盛





俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





なんで?
なんでなん?
せっかく巻いたのに、なんでなん?

かんぴょう巻きが、ペチャンコになってるやん。
かんぴょうを小綺麗に覆ってた海苔も、寿司下駄にペチャ~ってなってるやん。
下駄の、あの指をかけるヒモの部分みたいになってるやん。




大将





鼻緒だ。
鼻緒っていうんだ。
あの指をかけるヒモの部分って、そんな3歳児みたいな言い方はやめな。
まだまだ半人前だな。




俺





そういうやつじゃ。
そういう表現技法みたいなもんじゃ。
奥ゆかしい関西風の機微が分からへんのか。
江戸前はそんなんやからアカンねん。




大将





さあ、外から巻かれて、ひた隠しにされていたものが、一気に出現し、その解放された様はフリーかつカオスだろ?

とにかく、食べてみろ。




俺





うん、味はそこまで変わらへんねん。
それは分かっとんねん、おたんこナス。

俺が言いたいのは、そういうことじゃないねん。
そのようなことではないんじゃ。




大将





世の中の秩序なんてものは、ほぼ虚構に過ぎないんだ。
一定のルールで縛って統制することが秩序を形作るうえで必然だと履き違えると、それは非常に危ない。
明るい未来を遠ざけてしまうことになる。

見た感じ無秩序だったとしても、味そのものに変わりはない。
かんぴょう巻きだって、かんぴょう巻きになりたいと思ってるわけじゃない。

むしろ、それぞれの個性が表出することで、これまで見えなかったものが見えてくるようなことが往々にしてあるんだ。

社会では多くの場合、半ば強制的に規制を設けてピースを実現しようとするが、それが果たしてどれほどの効果があるのか、どの範囲までいい影響を及ぼしているのか、本気で見積もらなければならない。

そして、終わりは始まりであり、破壊と創造は表裏一体なんだ。

そう思わないかい?




俺





・・・・・



大将





・・・・・



俺





会計お願いします。



大将





あいよ。



俺





見積もっていいですか。



大将





あいよ。



俺






今日はいろんなことに気付いたわ。
ただ単に寿司を食べてただけちゃうんよ。
人生におけるサムシング・ファビュラスを味わったんや。




大将





おう、しっかり見積もりな。
価値はお兄さんが創り出すんだ。

ちなみに実務的な話だが、ビットコインしか受け付けてないからね、うち。




俺





・・・・・



大将





あれ、ビットコイン知らない?
あたかも知ってそうな顔してるのに。
ブロックチェーンのやつだよ。




俺





もうええねん。
ドアホ。
どうすんの。
ヤバいで。
これ綺麗に落とすのに、IQとEQなんぼいるん?






寿し 光盛





(しまい)




◇イラスト:もりいくすお






NEXT/STORY