2017.11.02

黒船ガール×路線バス:CITYSCAPE vol.8 (3/4)




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13:50 │ 三ノ輪二丁目/ノスタルジック・ストップ

バスストップ


/MINOWA-NICHÔME





三河島から南東方向へ、三ノ輪二丁目の停留所で下車。


都電荒川線の三ノ輪橋停留所を見に行く予定が、外はあいにくの雨。


ケイリーン



「ケイリーンは休みの日とか、何してる?」

―――小説を朗読してくれるCDを聴きながら、絵を描いたりしてますよ。描きたい絵がたくさんあって、本当は平日も描きたいんですけど、仕事は22時くらいに終わるのが普通だから、家帰ってご飯食べてお風呂入って猫にエサあげてとかやってると、なかなか時間とれなくて。

「外では何して遊ぶ?」

―――1人カラオケが大好き。

「へぇ、どんな曲歌うの?」

―――EGO-WRAPPIN'とかUAを歌います。UAがやってるAJICOってバンドが好きなんですよ。

「あー、元BLANKEY JET CITYの浅井健一と一緒にやってるバンドね。ていうか、詳しいね」

―――はい!あと、くるりもスゴく好きで、ライブにも行ってます。最近、TBSの『アメージング』という番組で、EGO-WRAPPIN'の“色彩のブルース”を歌ってチャンピオンになりましたよ。

「スゴいね。それ相当ノリノリで歌ったんじゃない?」





やがて、雨が小降りになってきたので、気を取り直して、三ノ輪橋停留所へ歩を進める。

ケイリーン



三ノ輪橋停留所は、東京都荒川区南千住一丁目にある東京都交通局都電荒川線の始発停留場で、今時では珍しく、路面電車が運行している貴重な駅。

1913年に王子電気軌道の停留場として開業し、1943年に東京市を廃止した東京都制の施行に伴い都電の停留場に。
その後1997年に“春には見事なバラが咲き揃う都内唯一の都電が走る停留場”だという理由で、関東地方の特徴ある100の鉄道駅、関東の駅百選に認定。
加えて、2007年5月には9000形の営業運転開始のタイミングで全面リニューアルが実施され、鉄道オタク垂涎スポットへと昇華した。


ケイリーン

映画のセットのような三ノ輪橋停留所



おまけに乗車ホームの壁面には、昭和の頃のオロナミンC、ボンカレー、キンチョーなどの看板が貼られているなど、アソビある演出にも心躍らされる。




「こういうの見ると、デザイナー的にくすぐられたりする?」

―――そうですね。日本って、漢字、ひらがな、カタカナ、数字に、英語と、バリエーション豊富な言葉を自由に組み合わせることができるところが素晴らしいと思うんですけど、こういうレトロなものを見たら特にインスピレーションが湧きます。




細かなディティールを熱心に写メる彼女の職人気質な一面が垣間見えたところで、次は彼に逢いに行く。


ケイリーン



15:00 │ 泪橋/飽くなきシンドローム

バスストップ


/NAMIDABASHI





三ノ輪二丁目のひとつ先のバス停が、泪橋。



泪橋は、不朽の名作『あしたのジョー』に出てくることで有名な橋で、その下にジョーのジムがあるという設定だ。

しかし、リアルに橋があったのは遠い昔のことで、現在は名を残すのみとなっている。


泪橋



なお、泪橋のすぐ近く、吉野通りの両側には簡易宿泊所が多く集まっており、この一帯は山谷(さんや)と呼ばれる。

山谷というのは、かつて東京都台東区の北東部にあった地名で、現在の清川、日本堤、東浅草付近を指す。
安宿が多かったことから日雇い労働者が集まるようになり、台東区や荒川区で働く人々の滞在場所として栄えたが、今現在ではバックパッカーの外国人旅行者を受け入れるなどし、ドヤ街からツーリスト街へと変貌を遂げつつある。




さて、ジョーの等身大フィギュアが置いてあるという、いろは会商店街を目指し、吉野通りを散策。




「ケイリーン、『あしたのジョー』って知ってる?」

―――(スマホで検索しながら)絵柄は見たことあります。私、漫画は詳しい方じゃないですけど、そんな私がまあまあ知ってるくらいだから、有名なんでしょうね。

「漫画の中にこの“泪橋を逆に渡る”っていうフレーズが出てくるんだけど、ボクシングの才能があるジョーという若者が拳ひとつでどん底から這い上がって栄光を掴むっていう意味を持ってるんだ」

―――歴史のある場所ですね。


ケイリーン



あしたのジョーは、1967年から1973年にかけて週刊少年マガジンで連載されたボクシング漫画で、東京の山谷に現れた矢吹丈という青年が、アル中の元ボクサー丹下段平に天性のボクシングセンスを見出され、チャンピオンを目指すというストーリー。

連載当時は社会的反響も大きく、ジョーの宿命のライバルである力石徹が死んだ折には、作家の寺山修司の提案で1970年3月24日に力石の葬儀が行われたほど。
また、1970年3月21日に発生した、よど号ハイジャック事件では、ハイジャック犯が“我々は明日のジョーである”と声明を残すなどしている。



半世紀ほど前の作品であるというのに、いろは会商店街では今でも、あしたのジョーの看板やポスターなどを確認することができるのだから、その影響力を窺い知ることができる。

他方、15時過ぎの時点で、商店街はシャッターが下りている店が多く、全体的に閑散としている。



そして、商店街を抜けたところに、ジョーの等身大フィギュアが。

ケイリーン



―――カッコいいですね!



楽しげにジョーと絡むケイリーンを横目に、近くの駐車場からは東京スカイツリーがよく見えた。
山谷のノスタルジーと、スカイツリーが放つ近未来感。



ある種のアンビバレンスに触れ、次なる旅路へ。



ケイリーン






◇写真:鈴木清美
◇構成:前田レイ




KAILENE FALLS

ケイリーン・フォールズ

アメリカ、ミネソタ州出身。デザイン事務所で働く傍ら、タレントとしてテレビ番組などに出演。その他、ドラマ台本の英文翻訳も手掛けている。







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