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BACK NUMBER
/TSUKIJI-SANCHÔME
銀座四丁目から再びバスに乗り、ふたつ先のバス停となる築地三丁目で下車すると、インド風建築でおなじみの築地本願寺が現れた。
「これ日本で有名なお寺なんだよ。そして道路を挟んだ向こう側が築地市場ね」
―――えっ、築地市場ってこういうところなの!?初めて来たけど、なんかイメージと違ってちょっとビックリ。
よくよく話を聞いてみると、ジェリーがイメージしていた築地とは、マグロがズラリと並び、競りが行われているような築地場内市場であることが判明。
たしかに、テレビなどでもっぱら流れる築地の映像といえば、そちらかもしれない。
「こっちは築地場外市場で、通称“場外”っていう商店街エリアだね。飲食店のプロが買い物に来るところなんだけど、今はそれ以上に観光客も多いみたい」
―――築地は日本を紹介する外国のガイドブックに必ず載ってるからね。今まで来たことなかった私の方がモグリだと思う(笑)
「そういえば、フランス語のマルシェ<市場>って最近は日本でも普通に使われてるんだよ。マーケットって言うよりは、マルシェって言った方が、ちょっとオシャレに聞こえるっていうか」
―――へぇ、マルシェってフランスだとオシャレなイメージは全然ないけどね(笑)。安いから、私は好きだけど。
スノビッシュを嫌う彼女にとっては、“マルシェ=おしゃれな市場”というイメージは少々滑稽なようだ。
築地というのは、“土地を築く”という名前からも分かるように、豊洲と同様、もともとは埋め立て地だった。
築地に移ってくる前、魚河岸は日本橋にあったのだが関東大震災で壊滅。
東京都中央卸売市場として築地市場が開場されたのは、1935年のことだ。
日本最大、いや世界最大級の規模を誇るこの魚マルシェは現在、移転問題で注目を浴びているわけだが、場外はいつも通りの活気に満ちている。
外国人の姿も、さっきまでいた銀座以上に多い気がする。
場外の表通りと言えるもんぜき通りは特に賑わっていて、歩道に置かれたテーブルで海鮮丼やらラーメンやらをかき込んでいる姿が、やけにおいしそうに見える。
するとジェリーが、衝撃的な一言をつぶやいた。
―――実は私、ベジタリアンなんだよね。
魚を食べない人を、魚市場に喜び勇んで連れてきてしまったということか。
なんという初歩的ミス。
「それ知ってたら、連れてこなかったのに。ごめんね」
―――大丈夫。食べられないのは、お肉だけだから。
そ、そっか……!
「それは、あえてベジタリアンになったってこと?」
―――まあそうね。家畜の育て方とか殺し方が、動物にも人間にもあまり良くないように思えて、肉を食べるのやめちゃったの。もう2年くらい経つかな。魚は大好きだけどね。
店頭に並ぶ新鮮な日本の魚介類は、彼女にとって目新しいものが多いようで、自然と食べ物談義が始まる。
―――私が日本に来て一番ビックリした食べ物はナマコ。
「コリコリしておいしいんだよ。食べてみた?」
―――無理無理!!見た目でもう食べられなかった。生ガキも食べたことない。だってあれって生きてるんでしょ?
「生きてるっていうか、生っていうか。でも、フランス人は生ガキとか好きなイメージあるから意外だね」
―――日本人はあまり食べないと思うけど、カエルは大好き!骨がたくさんあって食べるのは面倒なんだけど、チキンみたいでおいしいんだよ。
食べ物に囲まれて食べ物の話をしていれば、当然お腹も空いてくる。
そろそろお昼にしたいところだが、これだけお店が多いと選ぶのもひと苦労だ。
行列ができているから当たり、とは限らないのが難しいところ。
ということで、あらかじめ用意してきた飲食店リストの中から、ジェリーはきっと気に入ってくれると信じ、通好みの店へ行くことに。
彼女が魚OKのベジタリアンで安堵。
路地裏でひっそり営む定食屋さんで、本日のイチオシという、のどぐろの煮つけ定食をチョイス。
朝から比べると、お互い緊張もほぐれ、ジェリーが大好きだというMIYAVIや黒沢清監督の映画から、ヨーロッパの移民問題、アメリカ大統領選挙まで、とにかく話が尽きない。
―――私ってナニジンなんだろうってときどき思うの。
ふわふわでトロトロののどぐろを食べながら、ジェリーは言う。
―――もちろんフランス人なんだろうけど、もう100%フランス人ではない気もするし。こうやって日本に住んでると、ときどきよく分からなくなる。
「日本人になりたいとは思うの?」
―――う~ん、どうかな。前に日本人の男の子と付き合ったことがあるんだけど、意見が合わなかったりすると“ジェリーはガイジンだから”って言われるのがすごくイヤだった。シャッター下ろされちゃった感じがするっていうか。
ふと、考えさせられた。
外国人と付き合ったことはないけれど、似たような形で無意識のうちにコミュニケーションを断絶することで、誰かを傷つけてしまっていることがあるのかもしれない。
―――フランス人でも日本人でもいろんな人がいるのは当たり前でしょ?私が何かやる度に“さすがフランス人”とか“やっぱりフランス人だね”って言うのは、ちょっと違う気がする。
ごめん。
少なからず外国人という色眼鏡を通して彼女を見ていたことを、心の中で謝ってみる。
―――ごちそうさま!!おいしかった!!
と、しっかり完食して満足そうなジェリー。
店を出ると、先ほどまでの喧騒がずいぶん落ち着いている。
時刻は午後2時。
築地は朝が早いだけに、昼過ぎに閉めてしまう店も多いのだ。
我々は築地六丁目のバス停から、豊洲の見える晴海埠頭へと向かうことにした。
◇写真:鈴木清美
◇構成:石井ミノル