2016.09.28

【インタビュー/ピカ子/1】クラシカルドライバー:削ぎ紡ぐメイクアップアート

その手で全てを創っていく │ TO ACT BEAUTIFUL


著名人やタレントさんに、愛車や車ありきのライフスタイルについてお話を伺うこのコーナー。

今回は、ブラッド・ピットやアリシア・キーズのメイクアップ経験を持つなど、日本のみならず世界で活躍する人気メイクアップアーティスト、ピカ子さんにお話を伺った。


ピカ子

■ピカ子
メイクアップアーティスト

<プロフィール>
1971年9月21日生。1990年大学在学中にファッションモデルにスカウトされ、その後、雑誌やCMなど多方面で活動。その後1997年にメイクアップアーティストへ転身。アシスタント期間を経て1999年に独立後、日本を拠点にファッション誌、コレクションに携わり、モードファッションへの傾倒から、ミラノへと移り、パリやニューヨークでも活躍。豊富なメイクアップ経験で培ったものを具現化すべく、自身のオリジナルブランドを立ち上げる。


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ピカ子さんと言えば、自身のオリジナル化粧品をテレビ通販を中心に販売し、1時間で2,000万円を売り上げたことがあるなど、一生暮らせるお金はすでに稼いだと言われるほどのセレブキャラとして認知されている。

現在乗っている車を聞いた。




ピカ子

今はレクサスのCT200hです。色はシルバーですね。







ピカ子/レクサスCT200h

CT200h - LEXUS





職業柄や一般的イメージよりも、ややシンプルな印象だが、選んだ理由は?



ピカ子

最近は大人しくて目立たない感じがいいので、上品でコンパクトな車がいいと思いました。乗り心地と機能性の面でも、小さい車型の中では一番シックリきたかな。






車の中ではどんな過ごし方を?


ピカ子

普段の移動は100%車なんですけど、たいてい音楽聴いてますよ。昔からずっとクラシックが好きで、車でもクラシック聴いてます。でも、昨年あたりからFMラジオのDJをやらせていただいてまして、そこでかける音楽を選ばなきゃいけないってことで、洋楽から邦楽まで、いろいろと聴くようにはなりましたね。





せっかくなのでDJピカ子の現在のオススメを教えてもらった。


ピカ子

えー?教えちゃうのぉ??(笑)イチオシはキートン・ヘンソン。ジャンルで言うとオルタナティブ。めっちゃ才能ありますよ。ジェームス・ベイとエド・シーランを足して北欧の香り付けて、そこからさらにマニアックにした感じですかね。『Alright』という曲が特にいい。






さすが、選曲がモードで激シブ。
車で遊びに行ったりもする?



ピカ子

海行ったり、お友達の葉山の別荘行ったりはしますね。あとはトレイルランニングに行きますよ。







トレイルランニングとは、舗装された道路ではなく山や野原を走るという、比較的エクストリームなスポーツだ。
昨年は月一のハイペースで大会にも出場していたらしい。



ピカ子

もともとフルマラソンだったり走ること自体は常にやってたんですけど、仲良しの梅宮アンナちゃんが、サハラ砂漠でトレイルに挑戦したと聞いてから興味を持ち始めました。それから初めてトレイルの大会に出てみたら、それが面白いのなんのって。






トレイルの魅力はどんなところに?


ピカ子

すごく頭を使うんですよ。そこが面白い。トレイルって、普通に険しいし、リアルに降りられないくらいの急斜面があったりするわけ。お尻で滑らないとココは降りられないとか、鎖場もあったり、川の中をダダダダっと走ってみたり、いろいろある。次の一歩どっち?次の一歩こっち!みたいに、その瞬間でベストな一歩を選ぶような動き方をしないといけない。足を置く位置が身の安全を守るし、体力の温存に繋がるし、そういう意味では本当に集中できるスポーツですね。だから、数時間に渡って退屈しないっていう。ほら、マラソンって3時間とか4時間とか短調に走ってると、途中から退屈してくるでしょ。





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今でこそシンプルで落ち着いた雰囲気の車種を選ぶというピカ子さんだが、初めての車はベンツだったという。



ピカ子

28歳の時かな。最初はどんな車買っていいか分からなかったから、とりあえずオープンカーがいいなと思って、いろいろ見てたらメルセデス・ベンツにたどり着いたんですね。220SLっていう71年とか76年とか、その頃のやつで相当カッコよかった。色は白。でも結局、事故ってエンジンが半分くらいスクラップしちゃって、半年乗って廃車。





事故は大丈夫だった?


ピカ子

それがね、全然大丈夫だったんです(笑)。救急車で運ばれましたけどね。あと夜中だったし警察の人が来て、歩いてごらんみたいな。でも、歩けないわけ。で、翌朝退院した時に、本田さん(※本名:本田ヒカル)昨日ごうごうイビキかいて寝てましたよって言われて、ただ恥ずかしかったっていう話。





なかなか大規模な事故を経験したということだが、自動車保険はどういうものを選ぶ?


ピカ子

正直なところ、保険は選択肢とかプランが多すぎて内容もよく分からないので、基本的には価格帯が中間のものを選びますね。松竹梅で竹をチョイス。可もなく不可もなく困ることもないから。






ピカ子




最初のベンツから現在のレクサスまで、何台ほど車を乗り換えた?



ピカ子

今のレクサスで4台目ですね。メルセデス大破して、その間にミラノ行って、33歳くらいの時に日本に帰ってきて、小銭を稼げたタイミングでポルシェの911カブリオレを買いました。色は黒。新車じゃなくて中古車。それでも当時で1,200万くらいかな。3年くらい乗って、その後プリウスに2年くらい乗りました。






ポルシェからプリウスとは、割と大胆な方向転換だ。


ピカ子

そう!やっぱりハイブリッドに興味があったんです。ハイブリッドってどういうこと?みたいな。で、ほら、当時はキャメロン・ディアスが「地球のためにできること」なんて言ってたから、こりゃいいって思って買っちゃいました。それでも、結局その後、毎晩飲みにいくような生活スタイルに変わったので、移動は基本タクシーになっちゃって。そうなると、もう車乗らないから手放して、数年タクシー生活をして、今年に入ってまた車を買ったという感じです。





ポルシェを購入したのは小銭を稼いだタイミングということたが、それは例のテレビ通販で?


ピカ子

そうですね。








33歳の時に、メイクアップアーティストとして活動していたミラノから日本に帰国したわけだが、そこからすぐテレビ通販を?


ピカ子

ノーノーノーノー。通販は帰国して2年くらいしてからです。帰ってきてからしばらく、メイクアップアーティストとしては日本で全然呼ばれなくて、本当に電車も乗れないような貧乏になっちゃって。






今現在では想像すらできないが、そんな苦しい時期が?


ピカ子

ありましたね。帰国してからキツかったですね。メイクアップアーティストとしての仕事が本当になかった。でも、海外でバリバリやってきたという自負もあったから、“ちょっと待って!自分から売り込むの?”みたいに思ってましたし、それくらいお高くとまってたんですね。







そこから通販ビジネスをしようと。


ピカ子

このままじゃマズイと思ったし、生きていかなきゃならないから。私、ほんとメイキャップしかできないし、中途半端なバイトもやりたくなかった。外国でバリバリやってきた自信もプライドもある。さて、どうする?ってなった時に、銀行からお金借りて、自分で会社やって、要は化粧品を作って売ろうと思ったわけ。自ら作って、自ら工場と打ち合わせ、納品から何から全部手配して。できる限りひとりでやれるビジネスを考えた。そしたらば、作った化粧品がたまたまテレビショッピングで売れて、小銭が入ってきた。





1時間で2,000万円を売り上げたともなると、小銭どころの騒ぎではない。
貧乏生活から一転、大金が突然入ってきた。



ピカ子

まぁ、そりゃ驚きますよね(笑)。そもそも大金を求めていたわけではないので、どう使っていいかも分からなかったけど、車とマンションは購入しました。そういうハレな部分がテレビで取り上げられたので、あの豪邸のイメージが強いかもしれないですね。でも、光熱費だけで毎月20万円もかかる家だったわけ。オカシイよね。




STAY TUNED



トレイルランさながらに、退屈とは無縁の走りがいのある道標。


次回、意外にもガリ勉だったという幼少期から、ファッションモデル、そしてメイクアップアーティストへと転身し、その後、経営者に至る軌跡とともに、国境を越えて常にチャレンジを続けるピカ子さんの人生と仕事観に迫る。




◇text:井本智恵子
◇photograph:関根虎洸




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