2016.05.20

【マイク眞木/インタビュー2】~当時は、反町や竹野内のこと、知らなかったよね。~

FEEL FREE AND EASY/その男、渋くナウい。



前回は、持ち前のマイキー・ステップ全開で、そのライフスタイルや車についてなど、いろいろと語っていただいたマイク眞木さん。



さて、インタビュー後編です。


マイク眞木

■マイク眞木/まいく まき
ミュージシャン・俳優

<プロフィール>
1944年4月27日生。東京都出身。1966年『バラが咲いた』でデビューし、一躍人気歌手となる。若い頃からラグビー、スキー、サーフィン、キャンプなど様々な趣味を極めており、車への造詣も深い。現在も精力的にライブ活動を行うなど、ミュージシャン、俳優として活躍中。


ビーチボーイズ:ドラマ:演技



現在20代後半以降の世代の人であれば、1997年に放送されていた人気月9ドラマ『ビーチボーイズ(Beach Boys)』は、ご存知だと思う。
それもあって、マイク眞木さんと言えば、“海”や“サーファー”のイメージが強い。



マイク眞木

ビーチボーイズね。あれ、もう19年前!?そんなになるのか。でも、あの作品、1週間前に撮影しては、次の週に出す、みたいなキッツキツのスケジュールでやってたから、撮影中は忙しくて、あんまり何も分かってなかったんだよね。




反町隆史、竹野内豊、広末涼子など、現在でも人気の役者陣が大集合だった人気ドラマ、ビーチボーイズ。
しかし、眞木さんはこのドラマが始まる直前までハワイに6年住んでいたため、当時の日本の芸能界を全く把握していなかったという。



マイク眞木

だから、反町だ竹野内だって言われても、どちら様ですか?みたいな状態でね。しかも、撮って出しで、日々仕事に追われてたからね。でも、全部終わって、改めて観てみたら泣けたよね(笑)。結構良いドラマだったと思うよ。息子には、「親父あれ芝居してねーよ。まんまじゃん。」とか言われて、「バカお前、俺は一所懸命、芝居したんだよ!」「いやいや、してねーよ。」みたいな掛け合いもあったよね。




それだけハマり役だった民宿ダイヤモンドヘッドの経営者役。
ドラマ撮影の裏話も教えてもらえた。



マイク眞木

海とか外ロケは千葉でやったんだけど、ダイヤモンドヘッドとかの屋内シーンは、渋谷にあったスタジオで撮ってたよ。千葉にもセットは作ってあったけど、キッチンでのシーンとかは渋谷で撮ってた。あと、寝室とか、広末の部屋とかは、全部渋谷だね。窓から外が見えたりするのは千葉で、部屋だけで窓からの灯りがちょっと照明っぽいな~ていうのは渋谷ね。ちなみに、あの時は衣装も、ほとんど自前だった。スタイリストさんが用意してくれたのに、「こんなの着れないよ!」とか言っちゃったから、悪いことしちゃったかな(笑)。まあ、あのドラマの印象がいまだに強いみたいで、若い世代には、たいていビーチボーイズのことを言われるね。で、歌を歌うと、「え?俳優だけじゃなくて、歌も歌うんですか??」みたいに言われたりするよ。「俺の本職はミュージシャンだよ!」って返すんだけど、ほとんどピンときてないよね(笑)。



多彩:不良:文化



俳優とミュージシャン、2つの顔を持つマイク眞木さん。
趣味も多く、キャンプ、スキー、ラグビーに加え、幼少時から大の乗り物好きで、車もバイクも乗りこなす。



マイク眞木

だって俺、“バイク眞木”って言われてたくらいだからね。あとは、自分でペンキ塗ったりとかさ、千葉の家ではいろんなもん作ったりするんだけど、そんときは“ダイク眞木”。あと、キャンプに行ったら、食材を刃物で切ったりするじゃない?そんときは“ナイフ眞木”だね。



いたずらな笑顔を浮かべ、鉄板ギャグをかます眞木さん。
そんなお茶目な多彩ぶりに感心していると…



マイク眞木

でも、多彩とか言われると困っちゃうな。逆に言うと、今のおじいちゃん世代がやってきたことを、全くやってきてないんだよね。囲碁とか麻雀はルール分からないし、野球もサッカーも観ない。パチンコも行かない。酒も飲めないし。そういう、いわゆる“オジさんの嗜み”みたいなものを、一切やってきてないのね。普通の人は、そういうのを全部経験したうえで、他のこともやる訳でしょ?俺の場合は、やったことないことが多くて、やってきたことが偏ってるっていう、ただそれだけのことだと思う。仕事に関しても、気持ちの切り替えとかも特に無くて、プライベートの延長線上というか。ずっと切り替えなしで、ここまで来ちゃってる気がする。



仕事と遊びの線引きはしない、ということだろうか。


マイク眞木

そうかもね。でも、そういうこと言ってると、日本の世の中じゃ怒られるんだよね。最近でこそ、日本も欧米っぽい自由な雰囲気にはなってきてると思うけど、それでも昔から、ここからここは仕事、ここは趣味、ここは家庭みたいな、そういう価値観はあるよね。で、その辺をゴチャ混ぜにしてる人っていうのは、基本的には“悪い人”扱いなんだわ。




現代よりも昔の方が、マイク眞木さんのようなフリーでイージーな生き方に対する厳しい目があったのは間違いないだろう。
ともすれば眞木さんは、杓子定規的な空気や常識といったものに逆らった先駆者であり、日本有数の“不良”だと言えるのかもしれない。



マイク眞木

不良か…。確かに、こんなシャツ着てるおじいさん、ただの不良にしか見えないよね(笑)。でも、ずっとこうしてきたからね。自分としては、それによって迷惑かけたつもりはないし、悪いことしてるつもりもない。ギターで音鳴らして歌を歌えば、お客さんが聴いてくれる。演技を観て感動してくれる。そんな感じで、自分が好きでやってることに対して、喜んでくれる人がいてくれるっていうのが、すごく嬉しいんだよね。しかも、多少のお駄賃がもらえたりする訳だし。とても幸せなことだと思ってるよ。



人生:好きは歪めない:愛

マイク眞木



人生において、とことん“好き”へと邁進できるパワーを持ち続けるというのは、理想的で素晴らしいことであると同時に、なかなか難しいことでもある。


マイク眞木

いや、バカだからじゃないかな?(笑)でも、まだまだ極めてないよ。やってないこともいっぱいあるしね。乗りたい車もまだまだいっぱいある!





70台以上の車遍歴があってもなお、そんなことを仰るとは、なんともパワフル。
今後どんな車を乗りたいか、野望を聞いてみた。



マイク眞木

たくさんあるんだけど、どうしてもカミさんの顔がチラつくからね(笑)。「え?!また?!」みたいなさ、そんな声が耳の横からしてくる訳。だから、カミさんがいない隙に買っちゃえ!みたいなことはあるよね。今も、家族が皆海外に行っちゃってる。娘も留学してて、様子見てくるって、カミさんも行っちゃったから、今がチャンス!(笑)。だから、ネットでいろいろ車を検索して、買っちゃおっかな~と企んでるところではある。




眞木さんにとって、車はどんな存在なのだろうか。


マイク眞木

車は、道具のひとつであって、相棒でもあるし、部屋でもある。とにかく日常生活から切り離せないものだよね。壊れたら自分で直すし、愛着も相当ある。でもさ、今の若い人たちって、自分で修理とかまずしないよね?車の構造もあんまり知らないみたいだし、メンテナンスはお店にお任せって感じだよね。そういうのが、我々が過ごしてきた時代とは、ちょっと違ってると思うよね。車に対する考え方も、冷蔵庫や電子レンジとかと一緒になってるような気がして。ダメになったら買い換えればいいみたいなね。



ごもっともだ。
物質的にはある程度満たされた世の中になったとはいえ、「モノは壊れたらおしまい」といった風潮は、どこか寂しい感じもある。



マイク眞木

まあ、今の車はコンピューターで制御されてる部分もあるし、自分の手に負えないところもあったりするんだけどね。ただ、バッテリーあがったくらいで他人任せというのはちょっとね。それくらいの対処は自分でできるんじゃないの?とかって思うかな。それに、自分でやれば、何でも愛着が湧いてくるもんだし。車は、そういう感じで、楽しみながら、大事に使っていきたいものだね。




“男前”は世代の垣根を越える


常に和やかな笑顔を浮かべながら、飄々とした語り口で様々な金言を下さった、マイク眞木さん。


男も女も惚れる男前。



最後にはマイク眞木さんが当時ビーチボーイズの中で奏でていた音楽を、その場でギターでひいてくれた。

こんな歳の取り方ができれば、至高の人生なんじゃないか。
心地良い生音を聴きながら、そんなことを思っていた。

マイク眞木




◇text:犬塚左恵
◇photograph:関根虎洸





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