2017.02.06

黒船ガール×路線バス:CITYSCAPE vol.3 (3/4)




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14:15 │ 東京女子医大前/知性薫るキャンパス

バスストップ


/TOKYO-JYOSHI-IDAI-MAE




「最近のバス停って、あと何分でバスが来るか電光掲示板に表示されるんだよね」

―――ロシアにもありますよ、そういうの。



バスを待ちながら何気なく言ったものの、サラっと速攻で打ち返された。





「でも、日本の電車とかバスは時間に正確だと思わない?」


アリョーナ



―――う~ん、日本の電車って人身事故とかドアに荷物が挟まったとかで、すぐ遅れるじゃないですか。毎日そういうのがどこかで起きて、他に波及して、まったく遅れない日なんてないくらいでしょ?そういうところを考えると、むしろロシアの方が正確かもしれませんね。



正論だ。

次の展開を予測しつつ、普段より慎重に喋りなさい、と改めて自戒してみる。



―――あと、前にドイツ人の友だちは、日本のバスは遅れがちって言ってましたね。ドイツにはバス専用の車線があるから、たとえ渋滞でも時間通りに来るみたいです。日本がスゴいと言えるのは、時間の正確さよりも事務処理的な正確さかなと。

「そうかもね。マジメに作業することを意識しすぎると逆に時間やスピードを犠牲にしないといけない場合も出てくるからね」


アリョーナ



そんなことを話しているうちに、ほぼ時間通りにバスがやって来た。

少々混み合っている箱に乗り込み、東京女子医大前へ。





現役東大生のアリョーナと巡るルートは、図らずも大学のあるエリアが続いている。


アリョーナ



「そういえば、なんで日本に来たいと思ったの?」

―――小さい頃から日本が好きだったから。

「きっかけは?」

―――ジブリのアニメですね。中でも『天空の城ラピュタ』が一番好きなんです。

「東大に入ろうと思ったのはなんで?」

―――たまたまですね。高校を卒業して、サンクトペテルブルクの大学に2年近く通ったんですけど、奨学金制度があることをたまたま知って、申請したらたまたま受かって、たまたま東大に入っちゃったみたいな(笑)

「でも“たまたま”っていう言葉が似合うよね(笑)。日本の大学の印象はどう?」

アリョーナ

蔦が絡まる「東京女子医大前」のバス停で



―――学生やってる間にいろんなことにチャレンジできる余裕があるっていう意味ではいい環境だと思いますけど、正直授業はそんなに面白くないというか楽ですね。ロシアの大学は日本と違って、勉強が大変なんです。私は言語学部だったんですけど、毎日10時から夕方6時くらいまでビッシリ授業が入ってました。夜8時くらいに帰宅して、それから夜中の1時くらいまで宿題して、さらに日本語の勉強も3時くらいまでやってから寝て、朝は6時に起きて大学に行く、みたいなことを繰り返してましたね。バイトする時間もないし、遊ぶ時間なんて全然ありませんでした。

「もしかしたらそれが世界のスタンダードなのかもしれないよね。日本の大学は入るのが比較的難しいけど卒業するのは簡単で、海外は入るよりも出る方が難しいから皆ちゃんと勉強するって聞くしね。だから、アリョーナもちゃんと勉強してたからこそ、東大にたまたま入っちゃった、なんて言えるんだろうね」

―――そうかもしれないですね。



14:40 │ 合羽坂下/カッパいづる坂道

バスストップ


/KAPPAZAKA-SHITA


アリョーナ

通りすがりに、収穫中だったナツミカンをおすそ分けしてもらった。“夏みかん”が冬の果物だったとは



次にバスが向かうは、合羽坂下。



「カッパって知ってる?」

―――知ってます、妖怪ですよね。



こんな単語を知らなくとも、日常生活にも学業にもなんら支障はないだろうが、当然のように即答するあたりは恐れ入ってしまう。


さて、合羽坂というのは、外苑東通りから靖国通りに至る、決して長くはない緩やかな側道で、その名の由来が興味深い。



「江戸時代、この辺りに大きな池があったらしいんだけど、その池から出てきたカワウソを住民がカッパだと思い込んで、こんな名前が付いたみたいだね」

―――え、何それ!変なの!そもそもカッパとカワウソって見間違えるものなの?



いかにも、彼女らしい反応だ。
そう、冷静に考えれば、見間違えるわけがないだろう。

完全に論理で説明できるものだけでは、世の中つまらない。
なんとなく、そんな風に思い至る。




思慮から抜けた視線の先、坂の下の茂みにカッパのオブジェが隠れていた。




そして威風堂々たる防衛省市ヶ谷庁舎の前を歩きながら、アリョーナが話し始めた。

―――私、1994年生まれだからソ連の時代を知らないんですよね(※ソ連崩壊は1991年12月)。若い世代と線を引くというか、半人前扱いするような場合、日本では“平成生まれ”って言い方するじゃないですか。ロシアだとそれが“90年代生まれ”って表現になるんですよね。要は、ソ連を知っているかどうかっていう基準。

アリョーナ

東京女子医大周辺は坂が多い



「なんだかんだ言って所詮オマエはソ連を知らないもんな!みたいなニュアンス?」

―――そうそう(笑)

「日本の昭和と平成は元号の違いに過ぎないけど、ソ連の場合は国の仕組み自体が変わっちゃったわけだから、その前後を跨いでるかどうかで、ジェネレーションギャップは相当ありそうだよね」

―――そうですね。私みたいにソ連崩壊後の数年間に生まれた世代は、“困難な90年代の子ども”って呼ばれてたりするんですよね。国そのものが変わって、いろいろ大変だった時代に生まれた世代だから。

「アリョーナの両親も苦労したの?」

―――お父さんが1965年生まれで、お母さんが1968年生まれなんだけど、結婚した頃はお金が全然なかったから、お母さんが洋服を全部作ってたみたいなことは聞きましたね。それでも両親が若い頃は、誰もが明るい未来を信じてたらしいですよ。今は貧しくて辛いかもしれないけど、もう少し頑張れば、きっと明るい未来が待ってるはずだって。

「そうなんだ」

―――まあ結果的に共産主義体制は続かなかったけど、一方で恩恵もやっぱりあって、例えば、ほとんどのロシア人は自分のマンション持ってるんだけど、多くはソ連時代にタダで貰ったものなんですよね。だから当時を知る人は、ソ連時代はいろんなものがタダだったのに!って口癖みたいに言いますよ。

アリョーナ





楽観でも悲観でもなく、純粋な共同幻想が発露する。




ほんの数十年前まで世界は目に見える形で分断され、ぶつかり合っては、やがて現在に続く民主主義が克した。

彼女の声を聞きながら、静かに息を呑むのだった。





◇写真:鈴木清美
◇構成:石井ミノル







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